地面のそば屋が4階へ上がる ― 薮伊豆、創業から92年の9月17日
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飲食 自由が丘一丁目29番1号 (JIYUGAOKA MUSE SQUARE) 読 2分

地面のそば屋が4階へ上がる ― 薮伊豆、創業から92年の9月17日

1934年創業のそば屋は2022年9月25日から休業中で、いま訪れることはできない。再開は2026年9月17日、「JIYUGAOKA MUSE SQUARE」の4階。地面のそば屋が、4階へ上がる。

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「みずほ銀行さまの隣」という案内

自由が丘駅の正面口を出ると、目の前がロータリーになっている。その内側に、そば屋が一軒あった。

店が自分の居場所を説明する言葉は、番地ではなかった。公式ブログの冒頭にはこう書かれている。「当店は自由が丘駅正面口ロータリー内、みずほ銀行さまの隣にあるそば屋です。」

住所ではない。歩いてくる人のための座標だ。駅を出て、ロータリーを回り、銀行の看板を目印にする。地面の高さだけで完結する案内である。

そば処 自由が丘 薮伊豆、1934年創業。この店はいま休業している。

2022年9月4日で止まったブログ

公式ブログの最終更新は2022年9月4日。タイトルは「休業のお知らせ」だ。

自由が丘1丁目29番地区市街地再開発事業が行われ、店もそのエリア内にあるため、「諸般の事情により」同年9月25日をもって暫くの間休業する、と告知されている。創業から88年の愛顧への謝辞が続き、竣工後に再開発ビルで営業するべく計画している、と結ばれている。

その後、ブログの更新はない。9月25日をもって、地面にあった薮伊豆は休業に入った。

休業前の営業時間も、ブログのなかに残っている。2022年1月4日の投稿によれば、平日は11時30分から15時まで(ラストオーダー14時45分)、夜は17時から19時20分まで(ラストオーダー19時)。土日祝は昼のみで、夜の営業はない。定休日は毎週水曜日と毎月第三火曜日。

これは2022年当時の記録だ。再開後の営業時間も定休日も、まだ発表されていない。

もうひとつ、年末の記録がある。2021年12月の投稿に出てくる折詰の案内だ。茹で蕎麦の折詰が1人前1,200円、生蕎麦の折詰は大盛りくらいの量で1,500円、天ぷらは海老2尾とピーマンで1,200円。すべて汁付き、税込み。生蕎麦の折詰は12月31日だけの限定販売で、その日の営業は11時から15時と、17時から22時20分までだった。

普段は19時20分に閉める店が、大晦日だけ22時20分まで開いていた。これも2021年の記録である。

4階は「滞留・交流の場」

再開の日付は決まっている。2026年9月17日、木曜日。

休業前のこの店の定休日は水曜日だった。新しい店の定休日は、まだ発表されていない。

新しい建物の住所は東京都目黒区自由が丘一丁目29番1号。休業前の店があったのと同じ、一丁目29番の区画だ。4月に公表された出店リストに、薮伊豆の名前がある。施設の公式サイトの店舗一覧では「そば処 自由が丘 薮伊豆 4F 蕎麦」と記されている。

4月の発表は、フロアごとの性格づけも示している。地下1階が食のデイリー機能、1階が施設の顔、5階が子育て・教育。そのあいだの4階は「滞留・交流の場」。59店舗のうちの一軒として、薮伊豆はこの4階に入る。

ロータリーの内側は、歩いていれば目に入る場所だった。4階はそうではない。上がると決めた人だけが着く高さだ。目印は銀行の看板ではなく、階数になる。

「1934年創業以来、創業者の精神と伝統を守りながら、時代に合わせた進化を続けてきました」。出店発表に載った紹介文には、そう書かれている。地面から4階へ。座標の書き換えが、9月に起きる。

4年に、8日足りない

2022年9月25日から2026年9月17日まで。数えると、4年に8日足りない。

1934年から2026年で92年。そのうち営業していたのは88年で、残りの4年ほどは休んでいる。92年のうち、最後の4年だけが空白になっている。

同じ再開発で店を閉じ、同じ建物に戻るのは薮伊豆だけではない。5月末に仮店舗を閉じた自由が丘モンブランの休業は約3ヶ月だった(本誌5月27日既報)。3ヶ月と、4年。同じ事業のなかでも、店が街から消えている時間の長さはこれだけ違う。

その4年のあいだに、この番地では建物が入れ替わった。そば屋は、竣工を待つ側にいた。

4階に上がる店の、下の階にも古い名前が並ぶ。

4月の出店発表によれば、1・2階には時計・眼鏡・宝飾の一誠堂。この街に店を構えたのは1932年だ。1階には1933年創業の洋菓子店、自由が丘モンブラン。そして4階に、1934年創業の薮伊豆。

1932、1933、1934。この街で店を開いた三軒の名が、9月17日、同じ建物のなかに並ぶ。本誌が一軒ずつ書いてきた店が、ひとつの住所に集まる。

施設の名前は JIYUGAOKA MUSE SQUARE。公式サイトによれば、自由が丘のシンボルである自由の女神像に由来し、ロゴの3本のラインは過去・現在・未来を表す。サイトに掲げられたコピーは短い。「2026年9月、女神が微笑みます。」

次に正面口を出るとき

開業まで、あと49日ある。

かつての薮伊豆は、駅を出て銀行の看板を探せばたどり着けた。9月17日からは、見上げる場所になる。同じ一丁目29番の、4階へ。

次に正面口を出たら、ロータリーの向こうに建つ建物の、4階の高さを目で追ってみたい。地面の座標で案内していた店が、そこに上がってくる。