94年、街の時計を刻んできた店 ― 一誠堂、明治10年の眼鏡商から令和8年の女神通りへ
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記録 セザーム自由が丘 (女神通り) 読 2分

94年、街の時計を刻んできた店 ― 一誠堂、明治10年の眼鏡商から令和8年の女神通りへ

自由が丘で 94 年、時計と宝石と眼鏡を扱ってきた店がある。一誠堂。 明治10年に日本橋の眼鏡商として始まり、昭和7年に自由が丘へ来た。 駅前再開発で 2023 年に女神通りへ移り、いまも街の「時」を刻んでいる。

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自由が丘の駅前に、宝石と時計と眼鏡を扱う一誠堂という店がある。2026年9月17日に女神通りのセザーム自由が丘からミューズスクエアへ移り、いまは1階と2階にサロンを構える。

通り過ぎるだけの人は多い。買う機会がなくても、街の風景として覚えている人もまた多い。銀座和光や日本橋高島屋を「入らなくても好き」と感じるのに、少し似ている。

94 年、この街で時を刻んできた店。

明治10年、日本橋の眼鏡商から

一誠堂のルーツは、思ったより古い。

3 代目社長の川邊俊太郎氏が高級腕時計専門誌のインタビューで語ったところによると、始まりは明治10年 (1877 年)。石川県から上京した初代が、日本橋で眼鏡の輸入品を扱ったのが最初だという。

自由が丘へ店を構えたのは 1932 年、昭和 7 年。眼鏡に時計と宝石を加えた総合専門店として「一誠堂」を開いた。それから 94 年、店は同じ街に立ち続けている。

昭和・平成・令和と時代が三つ変わった。それでも駅から徒歩数分の範囲を離れなかった。94 年目は 95 周年でも 100 年でもない、少し中途半端な数字だ。だからこそ、記念事業でも周年キャンペーンでもない、日常として街に立ち続ける店の姿がそのまま見える。

3 代目、「上がり時計」の哲学

川邊氏は 3 代目にあたる。海外留学を経て眼鏡学校で資格を取り、一般企業を経験してから 1985 年に一誠堂へ入社した。社長に就任したのは 2007 年。

原点となる 1 本の時計がある。中学入学祝いに買ってもらったシチズンのクロノグラフだ。「2 本の角のデザインが男子心をくすぐられて」と、川邊氏はいまでも当時の高揚を語る。

川邊氏は「上がり時計」という言葉を使う。人生の節目ごとに 1 本ずつ時計を選ぶ、という考え方だ。30 歳でロレックスのサブマリーナー、50 歳でカルティエのベニュアール。最終的に手にしたい 1 本はハリー・ウィンストンのプロジェクト Z シリーズ。

時計店の 3 代目が語る哲学は、売る側ではなく、買う側の視点に立っている。人生と時計を重ねる感覚。94 年続く店の代表がこう語るとき、店そのものが 1 本の「上がり時計」のようにも読めてくる。

2023 年、駅正面口から女神通りへ

駅前再開発が来た。一誠堂は動くしかなかった。

旧店舗は自由が丘駅正面口の右手にあり、「駅前のランドマーク的な存在」と地元メディアが書いた場所だった。2022 年 2 月、併設していた一誠堂美術館が閉じた。アール・ヌーヴォー期のガラス工芸が並んでいた小さな展示空間で、街の文化拠点でもあった。

同年末に旧店舗も閉じ、閉店挨拶が張り出された。地元では「灯が消えたような自由が丘駅前」との声も紹介された。2023 年 1 月 21 日、女神通りのセザーム自由が丘で再開。

2016 年に旧店舗を大幅にリニューアルし、日本最大級のフランクミュラーコーナーを 2 フロア展開したのが創業 85 周年のとき。それから 6 年余りで、店は建物ごと引っ越したことになる。

街の時計を、街のために

女神通り時代の一誠堂は 3 フロアだった。地下 1 階に宝石と時計と眼鏡、1 階にラグジュアリーウオッチのサロン、2 階にコンタクトサロンと清澤眼科。移転後のミューズスクエアでは、1 階がラグジュアリーウオッチサロン、2 階が宝石・時計・メガネサロンの 2 フロア構成になっている。時計は 20 を超えるブランドを扱い、G-SHOCK のカジュアルからハリー・ウィンストンまで幅は広い。若いカップルも、家族連れも、高齢の来店客もいる。

買わない日でも通り過ぎる場所。ショーウィンドウの時計の針が動き続けている場所。この街に住んで、あるいは通って、駅の再開発を見て、女神通りを歩いて、その途中に「そういえばあの店、まだあるな」と気づく場所だ。

明治10年の眼鏡商から数えて 149 年。自由が丘に来てから 94 年。3 代目が語る「上がり時計」の哲学は、店そのものの歩みにも重なる。人生の節目に 1 本の時計を選ぶように、街もまた、節目ごとに残す店を選んでいる。一誠堂は、この街が選び続けてきた 1 軒だ。

次に駅前を歩くとき

夏になると時計のフェアが始まる。ポメラートの価格が改定される日もある。店の告知は淡々と積み上がる。派手な祝祭ではなく、日々の時報のような静かさで。

次に駅前を歩くとき、ミューズスクエアのショーウィンドウの前で少し立ち止まってみたい。買わなくていい。この街の時計が 94 年動き続けている、その針の音を確かめるだけで。

訂正 (2026-09-22)

公開時、一誠堂を女神通りのセザーム自由が丘にある店として現在形で書き、結びでも女神通りへの来訪を促していました。同店は2026年8月30日に女神通りの店舗を閉じ、9月17日に自由が丘ミューズスクエア1F/2Fへ移転しています。公式サイトの店舗情報で確認し、所在地・フロア構成・営業時間 (10:30-19:00 → 11:00-19:00) と結びを訂正しました。読者を既に無い場所へ案内する記述を、移転から5日間掲載していました。

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