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11 件の記事
1982年、2丁目に開いた「キーショップ」 — 私の部屋 自由が丘店、44年目の夏
自由が丘2-9-4、吉田ビル1階。1982年1月、「私の部屋」はこの場所に「キーショップ」を開いた。 以後の全国展開の起点となったその店は、 44年目の夏、京都・山科の陶芸家 的場美幸のうつわ展を7月20日まで開いている。
日曜午後3時、駅の女神を守る65人 — セザンジュ、17年目の街案内
今日、日曜午後3時。シースルー改札口を抜け、歩行者天国を歩き、駅前ロータリーの女神像へ — その一直線の上に、水色の制服を着た女子学生が立っている。名前は「セザンジュ」、フランス語で「彼女の天使たち」。彼女とは、あの女神像のことだ。2009年に始まり、17年目の日曜がやってきた。
朝10時、カフェの2階で45分間だけ開く傘の物語
朝10時、カフェの2階が45分だけ劇場になる。7月17日から26日までの6日間、奥沢5丁目のカフェ&バー自由が丘プラス南口店で「僕と彼女と物憂げな傘」が上演される。マチネ・ジュルネ・ソワレを組み合わせた造語「マチジュルソワ」を名乗る団体の朝の企画。
亀屋万年堂の向かい、うつわが暮らしに寄り添う店 — 生活民芸 なかむた
自由通り沿い、熊野神社の裏、亀屋万年堂 総本店の向かい。ナボナを買った帰りに、道の反対側に眼をやると、波佐見や小鹿田、やちむんの器が並んでいる。日々の食卓に降りていく類いの器だ。
江戸の氷が令和の庁舎で溶ける — 7月6日・7日、飛脚が目黒区役所へ
1月に湯涌温泉で仕込まれた雪が、飛脚姿で目黒区役所へ届く。7月6日と7日、加賀藩が将軍家へ献上した習わしが庁舎ロビーで再現される。
94年、街の時計を刻んできた店 ― 一誠堂、明治10年の眼鏡商から令和8年の女神通りへ
自由が丘で 94 年、時計と宝石と眼鏡を扱ってきた店がある。一誠堂。 明治10年に日本橋の眼鏡商として始まり、昭和7年に自由が丘へ来た。 駅前再開発で 2023 年に女神通りへ移り、いまも街の「時」を刻んでいる。
1948年から本が回り続けている古書店 — 西村文生堂、自由が丘2-11-8
梅雨の午後、自由が丘2-11-8の白と黒の店内に、洋書が背を並べていた。 3代目の言葉が、Hanakoの記事に残っている。本が循環するから、古本屋が成り立つ、と。
雨を14日間、作品に変える ― ギャラリー自由が丘「6月ごもり」
関東甲信が梅雨入りして8日。奥沢5丁目のギャラリー自由が丘で、3人の作家が「雨」と「傘」と「6月」をモチーフにした小品展「6月ごもり」を6月17日から始めます。会期は14日間。街にとっての雨が、ガラスの向こうで作品に変わる。
映画館のない街が、11月に映画祭を始める
映画館のない街が、映画祭を始める。11月13日から3日間、自由が丘映画祭が初開催。審査委員長は『ファイナルファンタジー』作曲家・植松伸夫氏、中央会場は9月に開く自由が丘ミューズスクエア。
「内なる手」— フランス・カンペールの画家、自由が丘1-11-2に23日間
フランス拠点の画家アレクサンドラ・デュプレ(カンペール出身)の個展「Les mains intérieures|内なる手」が、5月9日から31日まで DIGINNER GALLERY(自由が丘1-11-2)で開かれる。身体の分裂と変化を、動物や植物の要素を交えながら描いた近作が、23日間だけここに並ぶ。
古桑庵 — 大正末期の邸宅で、漱石の縁が今もつながっている
夏目漱石の門人・松岡譲が命名した茶室「古桑庵」が、熊野神社の隣に在る。大正末期の木造邸宅、 100坪の露地、1999年から続く茶房とギャラリー。漱石の縁が自由が丘に、静かに根を張っている。