「自由が丘デパート地下1B、30年以上、街の甘さの源流を静かに守る店」
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記録 自由が丘デパート (自由が丘1-28-8) 読 2分

「自由が丘デパート地下1B、30年以上、街の甘さの源流を静かに守る店」

自由が丘駅のすぐ横、レトロな商業ビルの階段を下りると、地下1階の一角に大倉屋がある。 輸入菓子と製菓材料を並べる小さな店。30年以上、同じ店主がここに立ち続けてきた。 街のケーキやクッキーの、はじまりの場所である。

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駅の横、地下へ降りる

自由が丘駅のすぐ横に、レトロな商業ビルが立っている1。 名前は自由が丘デパート。1階の入り口は通路のように細長く、両側に店が並ぶ長屋のような造りだ1

その階段を、地下へ降りる。

地下1階から3階まで、約100軒がギュッと集まっている1。 一つひとつの店は小さく、扉も控えめで、ふらりと通り過ぎてしまいそうな佇まいばかりだ。 その地下1階、1Bという番地に、大倉屋という店がある2

街のケーキの、はじまりの場所

大倉屋が扱うのは、輸入菓子と製菓材料3。 店の棚には、洋菓子をつくるための材料が並んでいる2

自由が丘といえば、スイーツの街として知られる。 街のあちこちに菓子店やカフェがあり、休日の昼下がりには紙袋を提げて歩く人の姿がある。 でも、そのケーキやクッキーが、はじめはどこにあったかを想像する人は少ない。

大倉屋は、その「はじまり」の側にある店だ。 プロのパティシエも、ここに材料を買いに来るという3。 自由が丘のショーケースに並ぶ甘いものの、 最初の一粒、最初の一片が、この地下の小さな店から出ていることになる。

30年以上、同じ場所に

大倉屋は、30年以上前からこの場所で営業を続けている2。 店主は同じ人だ。

30年という時間は、街の景色を少しずつ変える。 新しい店が現れては消え、通りの並びも入れ替わってきた。

その間、地下1Bの棚には、変わらず製菓材料が並び続けてきた。 若い頃にこの店で材料を買っていたパティシエが、いまは自分の店を持ち、 新しい弟子を連れてまた大倉屋の階段を降りてくる—— そんな時間の重なりが、静かにここで積み重ねられてきた。

最近は、若いパティシエや、洋菓子づくりを楽しむ人たちも訪れているという2。 30年を経て、街の甘さの源流であり続けている。

日本で最初に「デパート」と名乗った建物

大倉屋が入っている自由が丘デパートは、1953年開業4。 日本で最初にデパートと名づけた施設だ4。 前身は1948年の「自由ヶ丘マーケット」で、戦後の闇市の流れから、 簡素な商店を集めてビルを建てたのがはじまりだった1。 その後、1970年に3階と4階が増築され、いまの姿になった4。 アド街ック天国では、大倉屋はこのデパートの「最古参の店舗」として紹介されている3

つまり大倉屋は、日本で最初のデパートの、いちばん古い店の一つ、ということになる。 地下の棚から見上げると、そのことがふと不思議に感じられる。

地下1Bの光

地下の一角は、地上の喧騒からは少しだけ切り離されている。

その静けさの中で、棚の前に立つ店主の姿がある。 30年、同じ場所で、同じように製菓材料を並べ続けてきた人の手仕事だ。 派手さはない。喧伝を求めてもいない。 ただ、街のパティシエが必要とする材料が、必要な時にそこにある—— その裏方の仕事が、30年以上続いてきた。

自由が丘の甘さは、地下1Bのこの光の中から、静かに立ち上がっている。

次に階段を降りる時に

次に自由が丘デパートの前を通りかかる時、 1階の細長い通路の奥ではなく、地下へ降りる階段のほうに目を向けてみようと思う。 地下1B。街の甘さの源流に、静かに手を伸ばしている店がある。

営業時間や休業日の詳細は変わることがあるので、 訪れる前に店舗に確認しておきたい。

Footnotes

  1. 自由が丘デパート探訪 (大人の週末) 2 3 4

  2. 自由が丘デパート 施設情報 (4travel) 2 3 4

  3. 出没!アド街ック天国 自由が丘 backnumber (2024-09-21) 2 3

  4. このまちアーカイブス 自由が丘 (三井住友トラスト不動産) 2 3