158、141、101、94、93、92 — muse square の年輪
駅前ロータリーの女神像の背後で、フェンスの隙間から新しいビルの外壁が見えるようになった。9月17日、あの建物には59のテナントが入る。そのなかから創業 92 年以上のブランドを抜き出すと、6 社が残る。街との関係は 3-2-1 に分かれた。
街の記憶が積み重なる日として
9 月に入り、駅前ロータリーの空気が変わってきました。フェンスの向こうで足場が外れ、新しいビルの外壁が輪郭を見せています。開業まであと 7 日。
以前このジャーナルでは、ミューズスクエア 59 テナントを「ジャンル別に何店ずつ入るか」で解剖しました。今回は角度を変えます。年数、つまり縦の時間で並べる。59 のうち、創業から 92 年以上を数えるブランドはちょうど 6 社。年数順に整理します。
| 順位 | ブランド | 創業年 | 年数 | フロア | ジャンル |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ホットマン | 1868 | 158年 | 3F | タオル・ライフスタイル雑貨 |
| 2 | 明治屋 自由が丘ストアー | 1885 | 141年 | B1F | スーパーマーケット |
| 3 | 産業能率大学 | 1925 | 101年 | 4F | スクール |
| 4 | 自由が丘 一誠堂 | 1932 | 94年 | 1F・2F | 宝飾・時計・眼鏡 |
| 5 | 自由が丘 モンブラン | 1933 | 93年 | 1F | 洋菓子・カフェ |
| 6 | そば処 自由が丘 薮伊豆 | 1934 | 92年 | 4F | そば |
3 つの帰還、2 つの初来訪、1 つの継続
6 社を「街との関係」で仕分けると、3-2-1 に分かれます。
帰還する 3 社
一誠堂、モンブラン、薮伊豆。この 3 つはいずれも駅前再開発で 2022 年から 2026 年にかけて店を一度閉じ、9 月 17 日にミューズスクエアで再開します。文春オンラインによると、薮伊豆は 2022 年 9 月 25 日から休業。モンブランは 2023 年 2 月の移転後、仮店舗で営業を続け、その仮店舗も 5 月 31 日に閉じました。一誠堂は号外 NET 目黒区の記事によると、駅前再開発で 2022 年 12 月 26 日に元の駅前店を閉じ、2023 年 1 月 21 日にセザーム自由が丘へ一時移転。9 月 17 日、再開発ビルの 1 階と 2 階に戻ります。
初来訪の 2 社
ホットマンと明治屋。ホットマンは 1868 年、明治元年に絹織物製造として創業。1963 年に埼玉県川越市でタオル生産を本格化させ、現在はタオル専門企業として本社を青梅市に置いています。ミューズスクエア 3 階に入ります。明治屋は 1885 年、横浜万代町で船舶納入業として磯野計が創業。1888 年にキリンビール総代理店となり、酒類と食品の会社として広がりました。地下 1 階に入る「明治屋 自由が丘ストアー」は、公式沿革の記載によると自由が丘への初出店です。
継続する 1 社
産業能率大学。ここだけ性格が違います。1925 年に上野陽一が創立した「日本産業能率研究所」を前身とし、1950 年に産業能率短期大学として自由が丘に設立。以来 76 年、街に居続けています。ミューズスクエア 4 階のフロアマップにも「産業能率大学」の名前がスクールとして記載されています。継続、というよりも「動かないもの」がひとつある、という表現の方が近い。
158 と 92 の間で
この 3-2-1 の対称性は、9 月 17 日という日を「開業」ではなく「街の記憶の再編集」として読み直させます。
3 つの帰還は、街がずっと持っていた老舗を、更地から立ち上がった新しい容れ物に置き直す動きです。モンブランがわかりやすい。1933 年に目黒区三谷町で創業した迫田千万億は、1945 年 10 月に自由ヶ丘一丁目で店を再開しました。公式の由来書きによると、フランス・シャモニーで名峰モンブランを見て「この美しい名前を冠した店をやりたい」と考え、ホテル・モンブランの支配人やシャモニー市長に直談判して許可を得ました。日本初のモンブランケーキは、戦前の貴重な砂糖と、栗の甘露煮と、カステラをベースにした生地から生まれた。それが 93 年経って、駅前の新しいビルの 1 階に戻ります。
薮伊豆は昭和 9 年から続くそば店で、公式サイトに「1934 年から続く、変わらぬ味とおもてなし」とあります。国内産そば粉、鰹節、夏と秋の新そば。文春オンラインの経緯記事によると、2022 年 9 月 25 日から再開発で休業。9 月 17 日、駅前ミューズスクエア 4 階でまた蕎麦を出します。一誠堂は 1932 年創業、駅前で約 90 年営業してきた総合商業施設。宝石、時計、眼鏡、補聴器のサロンを同じフロアに集約する複合型で、時計サロンでは 20 以上の国内外ブランドを扱います。この 3 社の年数を合計すると、279 年。街の駅前一区画に、それだけの時間が同時に戻ってきます。
2 つの初来訪は、街の「入口」を広げる動きです。ホットマン 158 年と明治屋 141 年。ホットマンは 1972 年に「ホットマンダンディーストライプ」を発表して六本木に直営店を開き、タオル専門店としての姿を確立、以来全国に店舗を広げてきました。明治屋は 1969 年に玉川ストアーを玉川高島屋ショッピングセンター内に出店するなど、百貨店との連携で小売を広げてきた会社。地下 1 階の明治屋は公式沿革の記載によると自由が丘への初出店で、ホットマンも同じ日に 3 階に入ります。街の「顔ぶれ」に 158 年と 141 年の歴史を持つ看板が新たに加わります。
そして継続の 1 社。産業能率大学の創立者・上野陽一は「能率の父」と呼ばれた人物で、アメリカのフレデリック・テイラーの科学的管理法を「能率学」として邦訳した経営学の先駆者でした。戦前には日本最初のマネジメント・コンサルタントとして活動し、戦後は人事院人事官として公務員制度の確立に貢献。1950 年に自由が丘に短期大学を設立して以来、街に居続けています。ミューズスクエア 4 階のスクールという座組みで、そのまま続きます。動かない軸がひとつあるからこそ、3 つの帰還と 2 つの初来訪の意味がはっきりする。
開業ではなく、編集
以前は 59 テナントを「ジャンル別に何店」で解剖しました。あの記事は横の比較。今回は縦の時間で並べています。同じ 59 という母集団を違う軸で見ると、違う物語が浮かび上がる。
年数の合計を数えると、6 社で 679 年。数字遊びに見えて、これは「9 月 17 日という 1 日に、街の駅前に一度に置き直される時間の総量」でもあります。
新しいビルの外壁の輪郭が見えるようになった今週、フェンスの隙間から中を覗くと、看板の設営が進んでいます。9 月 17 日、あそこに 158 と 141 と 101 と 94 と 93 と 92 が並ぶ。開業という言葉より、編集という言葉のほうが近い。街の記憶が、駅前でもう一度組み直される日として。