30人、37万円、残り41日 — 映画のなかった22年に、街の側から応答が始まっている
8月22日にCAMPFIREで始まった自由が丘映画祭のクラウドファンディング。8日で30人が37万円を積んだ。目標100万円、残り41日。1950年代に6館あった映画街、2004年に武蔵野館が閉じてから22年、街の側からの応答が始まっている。
30人、37万円、残り41日
朝、CAMPFIREのプロジェクトページを開いてみた。8月22日に始まった「自由が丘にみんなで新しい映画文化を! 自由が丘映画祭、爆誕!!!」の数字が、支援者30人、支援額377,000円、目標100万円の37%になっている。残りは41日。
数字だけ見ると、まだ折り返しの手前。ただ、8日で30人という速度は、街の側から返事が始まっているサインでもある。実行者は自由が丘映画祭実行委員会 (ピークサイド合同会社)。方式はAll-in、目標未達でもリターンは届く。
1950年代に6館、2004年にゼロ
自由が丘に映画館がなくなったのは2004年のこと。「自由が丘武蔵野館」の幕引き以降、常設の映画館は街から消えたままだ。
その前、1950年代頃には「自由ケ丘名画座」「南風座」「ロマンス座」など6つの映画館があった、と実行者コメントと号外NETの記事は伝えている。映画館が複数あるエリアは当時「映画街」と呼ばれていた、と。
6→0までに半世紀。0のまま22年。数字で並べると、街の記憶の長さが変わって見える。
何に使われるお金なのか
支援金の用途はCAMPFIREのページに具体的に並んでいる。上映権料と配給料、DCP関連の上映素材制作、会場費、スクリーン・プロジェクター・音響機材、警備と保険、ポスターとパンフレット、街中のフラッグとサインの装飾、子ども向け映画制作ワークショップ、招待ゲストと監督の交通費。
「映画祭を1回やる」という営みが、これだけ多くの項目でできていることが、リストから見えてくる。
リターンは応援コース (3,000円)、Tシャツコース (10,000円)、オープニングレセプション招待コース (30,000円、限定10名) など。レセプションの会場は自由が丘熊野神社だ、と号外NETは書いている。神社で映画祭の開幕、というのも街ならではの構図だ。
コンペには約300作品
8月15日に締め切られたコンペティション部門には、約300作品の応募があった、と告知されている。長編 (60分以上)、短編 (30分未満)、こども映画 (15分未満)、あおぞら賞 (初監督または2作目まで) の四部門。審査委員長は植松伸夫氏。一次・二次審査は実行委員会が選抜した有志審査員と「自由が丘の街の人々」が担当し、最終審査を文化人で構成される審査委員会が行う予定。
「街の人々による審査」という一行が、この映画祭の姿勢を表している。こども映画部門は二次募集の期間中で、8月24日から9月20日まで受け付けている。
11月13日、街に映画が戻る日の予告
映画祭本体は2026年11月13日(金)、14日(土)、15日(日)の3日間。会場は自由が丘ミューズスクエア、ほか駅周辺。
CFは10月10日まで。あと41日で目標の残り63%が積まれるかどうかは、街の応答の速さ次第。
11月、22年ぶりに、この街で映画が上映される日が来る予定。数字が動いていく先を、もう一度確かめたい。