連載 · 金曜

自由が丘の素顔

hidden gem

住人の距離感で出会う、隠れ家的な店や場所を静かに紹介する金曜の連載。囁き声 voice、1000-1800 字。

10 本の記事

学園通りに宝石箱がひとつ、21年 — フローリスト シャール フラマンという扉
街並み

学園通りに宝石箱がひとつ、21年 — フローリスト シャール フラマンという扉

学園通りを歩いていて、住宅と店が混じる並びの一軒家。看板は控えめで、扉の向こうには花のためだけに用意された部屋がある。2005年から21年、パリ帰りのフローリストが自由が丘2丁目で続けているアトリエ。

大井町線の踏切音が遠ざかる路地に、3年目のガレットが焼かれている — cafe enn
飲食

大井町線の踏切音が遠ざかる路地に、3年目のガレットが焼かれている — cafe enn

自由が丘駅南口から等々力通りを南下、女神通りを抜けて熊野神社の先。大井町線の踏切音が遠ざかる路地の一画に、cafe enn がある。ガラス戸のステンドグラスを開けると、テーブルクロスとアンティーク家具の20席。3年目の朝。

亀屋万年堂の向かい、うつわが暮らしに寄り添う店 — 生活民芸 なかむた
街並み

亀屋万年堂の向かい、うつわが暮らしに寄り添う店 — 生活民芸 なかむた

自由通り沿い、熊野神社の裏、亀屋万年堂 総本店の向かい。ナボナを買った帰りに、道の反対側に眼をやると、波佐見や小鹿田、やちむんの器が並んでいる。日々の食卓に降りていく類いの器だ。

1948年から本が回り続けている古書店 — 西村文生堂、自由が丘2-11-8
街並み 目黒区自由が丘 2-11-8

1948年から本が回り続けている古書店 — 西村文生堂、自由が丘2-11-8

梅雨の午後、自由が丘2-11-8の白と黒の店内に、洋書が背を並べていた。 3代目の言葉が、Hanakoの記事に残っている。本が循環するから、古本屋が成り立つ、と。

路地奥の一軒家で23年 — BROCANTE、目の前に来た船に乗ったふたり
街並み

路地奥の一軒家で23年 — BROCANTE、目の前に来た船に乗ったふたり

自由が丘3-7-7、駅から少し離れた住宅街の路地奥。シャビーな一軒家でフランスの古道具と植物が同居して23年。店主夫妻は30歳と生後6ヶ月の子を抱えて開業し、いま週4日、午後だけ扉を開けている。

自由が丘発祥の繭が、1956 年から棚に並んでいる — 蜂の家本店
飲食 目黒区自由が丘 2-10-6

自由が丘発祥の繭が、1956 年から棚に並んでいる — 蜂の家本店

駅から徒歩 1 分。自由が丘 2-10-6 の店に、繭の形をした 5 色の最中が並んでいる。 1956 年から、この棚は続いている。

街にひとつ残った銭湯が、ただの銭湯ではなくなった日 — みどり湯69年目
街並み

街にひとつ残った銭湯が、ただの銭湯ではなくなった日 — みどり湯69年目

自由が丘エリアに残る銭湯は、いま一軒だけ。創業者がかつて経営した7軒の最後の一軒、みどり湯。69年目の今は、隣にギャラリー、その2階に茶室を背負っている。

nu cafe — 18年、ミシンの音と一杯のコーヒーが同居する裏路地
飲食

nu cafe — 18年、ミシンの音と一杯のコーヒーが同居する裏路地

自由が丘の大通りから一本入った住宅街の裏路地。同じ建物の中で、片側ではミシンが回り、片側ではコーヒーが淹れられる。2008年に始まり、18年が経った二刀流の店がある。

本店が眠った1年半、神社前の焙煎所がコーヒーを支え続けた
飲食

本店が眠った1年半、神社前の焙煎所がコーヒーを支え続けた

九品仏川緑道を奥沢方向へ歩き、商店街を一本抜けると、奥沢神社の鳥居が見えてくる。その向かいに、7席の焙煎所がある。1980年から続く老舗喫茶の2代目が、本店の建て替え休業の4ヶ月前に始めた店。そのまま本店休業の1年半を一人で支え、本店が戻った今も9年並走している。

予約という静けさ — 喫茶二十世紀が自由が丘に持ち込んだもの
飲食

予約という静けさ — 喫茶二十世紀が自由が丘に持ち込んだもの

90 分の予約枠が、街の喧騒を外に置いていく。自由が丘正面口を出て少し歩いた先に青いドアがある。その奥に、閉店した老舗喫茶店の家具が新しい時間を支えている。